思い込みからの独立記念日

昨日は独立記念日でした。

2017年6月30日に会社員を卒業し、2017年7月1日から自由人になったんです。
もう4年経つんですねー!
早いなぁ。

「会社を辞めて独立して、良かったですか?」
よくされる質問です。
間髪入れずに、いつもこう答えます。

めちゃくちゃ良かった!

たぶん何度生まれ変わっても独立します。
今回は、そんな「独立にまつわる気づき」について書いていこうと思います。

笑顔でガッツポーズするおかっぱミユキの写真。今にも飛び出しそうなくらいに元気だ。
ガッツポーズするおかっぱミユキ

ロード・トゥー・会社員

会社員になる前、私は「専業ミュージシャン」でした。
小さな芸能事務所に所属し、音楽活動だけをして生活していました。

大好きな音楽だけやっていればいいから、さぞかし楽しかっただろうと思われがちなのですが、完全にそうとは言えないのが現実でした。
もちろん確かに楽しい部分もありました。
しかし実際は「自分のやりたいこと」ではなく、「権力を持っている人の指示」をこなしている感じでした。

結局それではうまくはいかず、事務所社長と喧嘩をして、フリーのミュージシャンになりました。
これもある意味「独立」かもしれませんね。

しかし、「フリーのミュージシャン」という仕事だけでは、生活していくのは困難でした。
元居た事務所の社長から圧力をかけられる上に、楽曲制作やステージパフォーマンスはできても仕事をとってくる能力は、当時ありませんでした。

そこで、もともと評判の良かったイラストのお仕事を始めます。
学校に通って、illustratorやPhotoshopの使い方、HTMLやCSSの書き方を学びました。

そして、あれよあれよと雇われデザイナー(会社員)になったのです。

雇われるって楽かも

会社員は、「なんて楽なんだ」と感じるポイントが非常に多かったです。

私はデザイナーとして雇われていたので、自分で営業して仕事をとってこなくてもよかったですし、苦手なお金勘定は経理の方がやってくれました。
何と言っても、会社に守られていること、つまり「代表をやらなくてもいいこと」は、そのなかでも一番楽に感じたことでした。

「会社に守られていること」
それは会社員でいる、最大のメリットかもしれません。

こうして、就職してしばらくは、会社という豪華客船に乗って、その楽さを噛みしめながら働いていました。

働くとは、労力を会社に売ること

当然、会社員ですから、業務中は「自分のやりたいこと」だけをするわけではありません。
会社の目標に向かって、それぞれがそれぞれのやるべきことをします。

当たり前ですよね、雇われているんですから。

他の社員と力を合わせてプロジェクトを成功させたときは、役に立てた喜びで心が満たされます。
打ち上げで乾杯した時の生ビールは、とんでもなく美味しいです。

働くとは、自分の時間や労力を会社に売って、「賃金」に変えること。
そこでしか得られない経験をたくさん積むことができますが、「自分のやりたいこと」を達成するわけではありません。

しばらく働いてみたのち、私に「雇われる側ではない」と気づかせる出来事が起こるのです。

脳天直撃

売れない役者やバンドマンは、生活のためにアルバイトをしたりします。
そして、バイト中に「なんで今、自分はこんなところで働いているんだろう」と、ふと我に返る瞬間があります。

夢や目標を持っている人は、本当なら、自分の時間や労力は、自分に使いたいはずなんですよね。
多分に漏れず、私もそうでした。

いつものように出社したある日、朝礼で、会社顧問による「ありがたい話」がされている最中に、それは突然起こりました。

「社員は、社長の夢を叶えるためにいる」

会社顧問の、その言葉を聞いた瞬間、見えない雷がものすごい勢いで音もたてずに、私の脳天を打ち抜きました。

(ここにいたらあかーん)

思い起こしてみれば、それまで何度も社長に「この会社は君の能力を活かしきれていない」「君はここに居るべき人材ではない」「その能力を活かさないともったいない」と言われていたのでした。
それなのに、私は「またまたー!そんなこと言っちゃってー!笑」と、「会社員のぬるま湯」にどっぷり浸かって、極楽気分だったのです。

独立ってこわい?

それからというもの、私の意識のベクトルは、独立に向けてまっしぐらでした。

半年間かけて、抱えてきたプロジェクトを完了させ、身につけたノウハウをマニュアル化し、後任者に引継ぎをして、独立街道を突っ走りました。

それは確かに、独立のための準備のひとつだったのかもしれません。
しかし、あくまでも「退職に向けた準備」でしかなく、会社をやめた後のことの準備など、何をやたらいいのかサッパリわかりませんでした。

当時35歳、結婚の予定もない独身女性だった私は、「心の清水の舞台」から、命綱なしのバンジージャンプをすることになったのです。

運命が動く

いよいよ残っていた有給休暇を消化するタイミングになった頃、SNSで、ある企業塾の存在を知ります。
貯金もまぁまぁあったので、私は藁にも縋る思いで参加の申し込みをして、受講希望者で満席のため「キャンセル待ち」民になったのでした。
その後、ラッキーなことに、タイミングよくキャンセル者が続出し、するりと企業塾への道が開かれました。
退職してすぐ受講できるとこになったんです。

「心の清水バンジー」後、退職ほやっほやの私の運命が、ドラマティックに動きます。

その企業塾での出会いが、私の人生をガラリと変えました。
私のように夢や目標をもった「前向きな」人たちが、いっぱいいたのです。
互いに応援して協力し合ったり、ときには良きライバルになったりして、みんなで楽しく前進する感じが私にピッタリでした。

そんなみなさんのおかげで「自営業でもいけるぞ」となったわけです。

今でも、その人たちは、私のかけがえのない仲間です。
共に夢を叶えるノウハウを学び、目標を達成してきた仲間がいたからこそ、今の私があります。
(本当にありがとう)

遊びは最高の学び

ちなみに、私が開業届を出したのは2017年11月1日です。
退職から4か月間の空白期間があります。

その期間は、思いつくままに遊んでいました。
会いたい人に会い、行きたい場所へ行き、やりたいことをして、自分の脳内引き出しにどんどん情報を詰め込んでいきました。

たまに、自分の頭の中を書き出して、整理してみたりもしました。
そうすると「自分のやりたいこと」「やらなくてもいいこと」がどんどん明確になっていくんです。
(また久しぶりにやろうかな)

それらの経験は、私の脳内の「テッパンのネタ帳」に記されて、一人で仕事をしていくうえで、大きな助けになってくれています。
お金に変えられない、決して失うことのない、大切な財産です。

「遊びは最高の学び」でした。

【余談】必殺技「経験」

私はこれらの言葉が大好きです。

型を身に付けねば型破りにはなれない

無着成恭

若い人はすぐ型破りをやりたがるけれど、型を会得した人間がそれを破ることを『型破り』というのであって、型のない人間がそれをやろうとするのは、ただの『かたなし』です

中村勘三郎

経験は、ときどき切り札になります。

クライアントが個人ではなく「企業」だった場合、会社員だった経験がもたらす効果は絶大です。
自分の経験から、担当者の気持ちがなんとなーくイメージできるんです。

「○○なときって、△△ですよね……私もそうでした」
「あぁぁ!わかってくださるんですかー」

そんな会話もできますし、相手の状況に配慮した次の手が打てたりします。
担当者の置かれている状況や気持ちが想像しやすいのは、会社員だったおかげです。

何も会社員に限ったことではありません。
主婦経験がある人は現役主婦に共感しやすいですし、帰国子女は異国の地で頑張っている人の気持ちがわかったりします。

経験はとびっきりの必殺技です。
独立前に会社員を経験しておいて、本当によかったです。

まとめます

「どこかに勤めに行かないとダメだ」

私もかつて、そう考えていた一人でした。
でも、本当にやりたいことがあるのなら、自分で事業を起こしてもいいのかもしれません。
私のように、一度寄り道して「自分の武器」を増やすのも手ですよね。

独立には、めちゃんこ勇気がいりましたが、してみたら最高でした。

今回、お話したのは、あくまでも「私のエピソード」であって、「独立すると絶対成功するから超オススメ」という訳ではありません。
しかし、チャレンジすれば、それに見合った経験が必ず得られます。

上手くいってもいかなくても、結局、人間って死んじゃいますから、生きてるうちにやりたいことしましょー!